夢経さんの家

変な約束


変な約束
 変な約束をした。とにかく変な約束をしたのだ。その約束は、今から半世紀ほど昔
にさかのぼる。


 昭和四十年の足利市。Y君と私は小学六年生だった。二人は仲が良く、いつもい
っしょに遊んでいた。その日は、渡良瀬川の草むらに寝そべり、雲を眺めながら、い
つもの、たわいもない話をしていた。

「ツネオよ、太陽は東から出て西へ沈むべ。これは地球が左回りだからだよな」
「ああ、そうだよな」
「右に回りだすことはねーのかなー」
「あっかもしんねーぞ」
「ところでツネオ、墓場鬼太郎、読んだか?」
当時の週刊雑誌に、墓場鬼太郎(後にゲゲゲの鬼太郎と改名され人気がでる)とい
う漫画が、不定期で掲載された。幽霊とか霊魂、妖怪が登場する。変わった作風と
独特の世界に二人は魅せられていた。

「読んだ、読んだ、おもしれーな。幽霊とか霊魂て、ほんとにあんのかなー」
「あるんじゃねーかな」
「俺もあるような気がすんだよな。どうやったら見られんのかなー」
その時に、変な約束ができたのだ。
「ツネオか俺の、どっちかが死んだら、会いに行くことにしねーか?」
「幽霊になってか?」
「そうだよ」
「よーし、わかった。約束だな」
二人は変な約束をした。
 中学二年の時、私は宇都宮に転校して、Y君とは遊べなくなった。(俺はY君の家
を知っているから、幽霊になっても行けるけど、Y君は俺の家を知らないから、来ら
れないな)そんな心配をしながら、大人になった。


 足利第二中学校の同窓会で、二十八年ぶりにY君に再会した。中学は二年の時、
転校したので卒業生ではない。妙な話もあるもので、知合いの同窓会幹事が、私を
入会させたというのだ。そんなわけで初めて同窓会に出席した。席は三年一組に用
意されている。

「あなた誰だったっけ?一組にいたっけ?」
「いなかったよ。途中で転校したんで卒業してないんだよ‥‥」
ここに至った話をした。Y君は卒業時一組だったので、二人をよく知っている幹事
が、そうしてくれたようだった。

 開会時刻の少し前にY君は来た。
「おおっ!ツネオだろう!」
「そうだよ、久しぶり!」
二人は手を握り合っていた。
 来賓の祝辞と乾杯が済むと、二人は円卓に隣りあって座った。
「懐かしいなー。ツネオとは昔、いろんな話をしたよなー」
「ああ、いろいろ話したよなー」
「地球はやっぱり左回りだろう」
「右にも回ったよ。地球儀を左に回して北極から見たら、当然左に回ってるけど、そ
のまま持ち上げて南極から見上げたら、右に回ってんだよ、変だよな。ところでY
君、死んだら会いに行く約束は、まだ、だめだなー」

「そうだった。二人とも生きてるから、まだだよな」
「お互いに今住んでる家を知らないから、行けるかなーって、心配してたんだよ」
「大丈夫。霊は何でもわかるんだと思うよ」
「そうかい。実は最近、別な心配もでてきたんだよ」
「どんな心配なんだい?」
「アルツハイマーの幽霊になっても、大丈夫かなーって」
二人は笑いあった。
 変な約束は、今も続いているのだ。