夢経さんの家

悔やまれる忘れ物


悔やまれる忘れ物
 朝の目覚めはよかった。窓を開けると、空は夏特有のぼんやりとしたルリ色に輝いている。良い休日になりそうだ。子守りを兼ね池袋まで買物に行く事にした。
 五才と二才半になる娘を、連れて行くつもりでいた。出掛けに姉のほうが、腹が痛いと言うので、妹だけを連れて出た。しばらく歩いて駅まで行ゆく途中、忘れ物に気付き家に戻った。すると、姉の気分がよくなったらしく、一緒に行くと言って手提げ袋を持ってついてきた。
 三人は準急電車に乗った。妹は所沢を過ぎたころには、もう寝息をもらしていた。
 練馬を過ぎた時、突然悲劇は私を襲った。
「お父ちゃん、気持ちが悪い!」
言い終わらないうちに娘は突然嘔吐した。自分で口を押さえていたので、周囲に迷惑はかからなかった。しかし、ブラウスからスカートまで、みごとに汚れてしまった。周囲の人達は一瞬嫌な顔をみせたが、少し遠巻きにして、何事もなかったように立っていた。嘔吐物を見て(娘が朝から腹が痛かったのは、このヨーグルトのせいだ)と分かった。娘の手提げ袋からティッシュを取り出して急いで拭いた。一枚のハンカチとあるだけの紙で、なんとか拭きとることができた。
 電車が着くと、無言の集団は慌ただしく降りていった。目を覚ました妹は、変わり果てた姉の姿に唖然としていた。(さて困った。トイレの手洗い場で体制を建て直そう)
 手洗い場に入ると、右を向き左を向き、髪の手入れに余念のない青年がいた。(こんな姿をみたら、彼女の恋も醒めるだろうな。オット、それどころではない)横からチョット失礼してハンカチを洗い、何度も服を拭いた。
 その後,
デパートの子供服売場へ急いだ。初めて眺める女児服コーナーは異国のようだ。色とりどりのハンガーには、百とか百十と謎の数が書かれていた。その数字が身長のことだと判るのには時間が掛った。多くの女性に混じって服をあれこれ探している男の姿は、異様な光景に違いない。(幼女誘拐事件と思われないだろうか?)しかし、間違えられない自信はあった。二人の娘の顔は、余りにも私に似ているのだ。
 遂に探すのを諦め、店員さんに頼んだ。
「こんな状態なので、適当な服を見繕って下さい」
「お子さんは何センチですか?」
「五才になったばかりです」
答えになっていない。子供の身長もよく知らない事に気付いた。
 センスのよさそうな服を選んでくれた。何千円かを支払い急いで服を着替えさた。そのせいで、私の買物に必要な予算はなくなっていた。新しい服に着替えて大喜びの姉の横には、疲れ切ったように妹が呆然と立っている。
(いったい、何しに来たのだろう?。忘れ物さえしなければ、きっと良い休日になっていたのに……。)
妹の頭をそっと撫でた。