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「所長、泥棒が入りました!」 朝、事務所に着くなりA主任がとんできた。栃木県S市、国道五十号線を横切る秋山川のほとりにある、工事現場での出来事である。 水田の中に、ぽつんと建っている仮設事務所は、誰が見てもコソ泥が入るには都合の良い建物と言える。賊は窓ガラスを割り、鍵を開け進入したようだ。窓際には足跡が、はっきりと残っていた。 現場事務所なので、現金はほとんど置いていないのだが、A君が机の上に置いたガラス瓶に入れておいた小銭が盗られた。釣銭を集めた八百円程の金額である。私のFMラジオと工事用カメラもなくなっていた。不思議なことに、一番高価なワープロは残っていた。それに犯人はよほど空腹だったのか、事務所のラーメンを二個ほど煮て食べていった。食べ終わった鍋が、流しに片付けてあったのは、なんともおかしかった。火事にでもされなかったのは、不幸中の幸いだった。その日は地元の警察に届け、現場検証を受けた。 割れたガラスを入れ変え、十日ほど経った朝。 「また入りましたよ!」と、A君。 再び同じ場所から、窓を壊して進入していた。今度はラジオ体操用のラジカセと、私の机の中にあったカップラーメンが盗られていた。 盗難というものは、(一度あったからもう無いだろう)などと、安心してはいけないものらしい。再び現場検証に来たベテラン刑事は、もう一度犯人が来ると言う。 「今度は感知機を付けましょう」 「値段が高いのでしょう?いいですよ」 「心配なく。費用は警察で出しますから」 二、三日すると工事の人が来て、装置をセットしていった。目に見えない赤外線を飛ばしておく装置だった。流れている赤外線が遮断されると警察の警報が鳴る仕組みらしい。それから毎晩、仕事が終わると防犯スイッチを入れて帰宅するようになった。 装置を付けてから一週間程経った朝、割られたガラス戸に貼っておいたガムテープが剥がされていた。 (またしても!)と思っていると、警察から電話がはいった。 「犯人が捕まりました。十時頃行きますから‥‥‥」 三度目の被害は、氷アイスだけだった。 次の日、事件の調書を作るとかで警察に呼ばれた。私が警察に行くと、今までの経緯を記載した内容を見せられ、確認を求められた。そこには、事実そのものが記載されていた。 「まちがいありません」 「よかったら、ここに承認をしてください」 言われるままにサインをした。 「ところで刑事さん、犯人はどんな奴なのですか?」 「四十才台で、空き巣泥棒の前科七犯の男です。一度だけ強盗罪があるようです」 「強盗とは物騒ですね」 「いや何、逃げる時に刃物を見せたらしく、これが強盗となったのですよ」 「どんな生い立ちの男なのですかね?」 「考えれば可哀そうな奴で、人生の半分以上は、塀の中にいるのですよ。小学校もろくに出ていなくて、自分の名前を書くのがやっとなのです。県北の生まれで両親も無いようです。今月、府中の刑務所を出所したのですが、このとき渡されたお金を使い果たし、泥棒をしながら故郷の方に向かっていたようです」 「それじゃーまた刑務所に入るのですね」 「そのようになりますね」 犯人を見ることなく警察署を出た。 事務所に戻りA君に結果を話したら内容にびっくりしていた。今時、何らかの理由があるにしろ、小学校を卒業しない人がいることに先ず驚いた。空き巣泥棒が少しでも凶器を見せると、途端に強盗になることにも驚いた。 気の毒な生い立ちの犯人にとっては、三度三度の食事のある刑務所の中が、一番の安住の地なのだろうか?二度目に割られたガラスは入れ替えていなかったので、すぐに入れ替えてもらうことにした。 その後工事が終わるまで、ガラスを割られることはなかった。 |
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